突然ですが、

「私は、小学生の頃から毎日ゲームをやっていました。

クラスでも常にゲームの腕前は上位。

高3のときに猛練習して全国大会に出場して好成績を収めました。」


という人がいたとします。

皆さんは、この人を「忍耐力のある人」だと思いますか?

多分、思わないでしょう。

それでは、こちらはいかがでしょうか?

「私は、小学生の頃から毎日勉強をしていました。

クラスでも常に成績は上位。

高3のときに猛勉強して難関大学に合格しました。」


ゲームと勉強を入れ替えただけなのですが、だいぶ印象が違うはずです。

こっちの場合、

「この人は忍耐力があるなあ」と思う人は少なくないのではないでしょうか。

実際に、世の中ではこんなことを言う人もいます。

「高学歴の人は、様々なやりたいことを我慢して、

一定期間努力する力があることを証明している。」

僕は、そういった見方に対してこう思います。


結構な確率で逆やぞ


と。

個人の見解ではありますが、

学力偏差値が高ければ高いほど、

良くも悪くも忍耐力のない人の割合が増えていく気がします。

なぜかと言うとですね。

学力偏差値が高い人間にとって、


楽なんですよ、勉強って。


イラッときた方がいたら申し訳ないですが、これは事実です。

僕があまり頭の良い人生を送ってないのは、

プロフィール見てもらえば分かると思いますが(笑)、



”学力”に関しては、日本人全体の上位5%くらいには入っているでしょう。

そこら辺の人間にとって、国数英理社の勉強とか、

少なくとも中学までは殆どストレスフリーなんですよ。

それでいて、テキトーにやってるだけで、

「賢い」「頭が良い」とホメられる。

一種のボーナスステージみたいなもんです。

学力上位グループ内で、毎回テスト順位を競い合ったりするのは楽しかったですしね。
(今思えば、不愉快に思ってた人も多いかもしれんw)

「勉強自体が楽しい」とまでは思いませんでしたが、

テレビゲームをやっているのとあまり変わらない感覚でした。

高校に入ると、特に数学の難易度が爆上がりすることで勉強嫌いになる人も多いでしょうし、

中には親に無理矢理勉強させられて我慢し続けた人もいるでしょう。

しかし、難関大学に合格していく層の多くは、

世間一般の方が思うような忍耐なんかしていません。

呼吸するように、歯磨きするように勉強していただけです。

統計データがあるわけではないですが、

少なくとも僕や、高校大学のツレの大半はそうでした。

ですから、


まあ僕は忍耐力ないですよ。笑


”できないこと”

がとにかく許せない。

大学入学後、

やれ解析学だ、線形代数だ、流体力学だ、材料力学だ、図学だ、製図だ、やらされてね。

全部分かんないんですよ。

教科書、レジュメ、先生の話、本当に全部が分からない。


ものの数週間で、完膚なきまでにやる気をなくしましたね。


某メーカーに入社してからも一緒。

仕事が全く分からなくて、どうすればできるようになるのか見通しがつかなくて、


ものの数週間で、完膚なきまでにやる気をなくしましたね。


しかも、2年で鬱病になりました。


本当に高学歴人間に忍耐力が備わっているならば、こうはならなかったはずです。

ですから、逆に今だからこそ思うことがあります。

僕はたまたま勉強に適性がありました。

学校の主要教科の授業なんて、苦痛に思ったことは殆どありません。

子どもの頃、何かを我慢したこともなければ、学校で理不尽に叱られた記憶も殆どない。

それに対し、たまたま勉強に適性のなかった人はどうか?

彼らは、物心ついたときから、

適性がない故に、苦痛な授業を大人しく受け続けてきた。

場合によっては、成績のことで理不尽に叱られたり、「バカ」などと弄られてきた。

それを何年も耐えてきたわけでしょう?


むしろ、勉強が苦手な人の方が忍耐力あるんじゃね?


と、思うわけですよ。

もちろん、

勉強が得意な人の中にも、色んな種類の人がいますし、

苦手な人の中にも色んな種類の人がいます。

一概に断言することはできません。

だからこそ、

「高学歴は忍耐力がある、努力家だ」

と過大評価されすぎじゃないかと思うのです。

そうでもないっすよ、と。


ソースは俺。